
| ありし日のブルース・リー 李小龍與丁珮珍貴記録片 英題;THE LAST DAY OF BRUCE LEE 作品データ 星海(STAR SEA)影業有限公司作品 提供;曲興華 ナレーション;丁珮(ベティ・ティンペイ) 日本公開;1974年11月2日(東映洋画部配給) |
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| 日本版ポスター |
| 当時の日本における爆発的ドラゴンブームに乗り、勢いあまって公開された珍品。もともとは「麒麟掌」で悪名高き星海影業製作で、ティンペイ&チャーリー・チャン主演の「大蛟龍(大天二)/The
Chinese Godfather」という作品のプロモーションというか、添え物(大蛟龍が添え物の説有り)として作られた短編フィルムだ。冒頭に登場するティンペイのバックには、デカデカと"大天二"と書かれた天幕が映し出される。内容は星海が所有する麒麟掌記者会見映像や、葬儀の模様を遠方から隠し撮りした映像を繋ぎ合わせ、渦中のティンペイを進行役に据えて思い出を語らせる(もちろん悲痛なBGM有り)といった、例によってどうしようもなく下衆なものだ。短編だけに約17分しかないため、日本公開時には東映が翌春上映予定だった「ドラゴンへの道」から15分のダイジェストを追加し、アンジェラ・マオの「暗黒街のドラゴン/電撃ストーナー」との併映で公開された。 |
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内容はともかくとして、映像的には貴重なものが含まれている。その後数々のドキュメンタリーやバッタモノ映画に断片収録された麒麟掌(獨霸拳王)記者会見映像を、ここではフルで観ることが出来るのだ(約4分)。麒麟掌特集でも触れたが、72年5月に香港ペニンシュラホテルで行われた同作の製作発表記者会見&パーティーには、ブルース・リーの威光もあってか錚々たる顔ぶれが揃っているのも見所だ。その他ではブルース・リーが倒れたティンペイのマンション内部の映像が、ある意味強力だろう。ベッドルームにはこれ見よがしにブルース・リーの写真が飾られ、傍らにはティンペイが表紙を飾った雑誌が不自然なかたちで置かれているのが不快だ。これが本当にティン
ペイのマンションかどうかは不明だが、この映画の意図から言って本当かどうかはどうでも良いことなのだろう。英語版のティンペイの声の吹き替えは、「ドラ道」英語版のノラ・ミャオの声に酷似していて(同一人物か?)、その声で「私はマリア・イーやノラ・ミャオと同じように彼の友人の一人です」などと語っているのも妙な感じだ。まあ、実際には全く違うことを話している映像に、勝手な吹き替えを被せている可能性も充分に考えられるのだが…。後半は延々と葬儀場のかなり遠くからの映像が続き(場内の模様はしかたなく写真で挿入)、時々ブルース・リー邸の(遠くからの)映像がはさまれるだけなので、特にインパクトはない。その間もティンペイが「彼は逝ってしまいましたが、永遠の星になりました…」などと涙声で盛り上げるが、観てる方があまりのことに星になりそうである。
と言うことで、この作品の価値は映像に尽きるが、貴重映像が含まれているということの他にも、マニアのなかにはティンペイが出ていることが既に貴重だという人もかなりいるので、この作品は今後もある一定の(世間的には無)価値を保ち続けるだろう。
※日野康一の「ブルース・リー永遠のドラゴン」(芳賀書店)によれば「大天二撮影直後にブルース・リーが急死したため、ティン・ペイに思い出を語らせ、盗み撮りしたフィルムに別人がナレーションを吹き込んだ」との事だ。ここでも盗み撮りとは...
※「暗黒街のドラゴン・電撃ストーナー」の宣伝のため74年10月30日にティン・ペイが来日。併映は「ありし日のブルース・リー」だがストーナーよりも扱いが大きい。ちなみに「ありし日〜」は11月2日に新宿東急他で上映され、初日には「ブルース・リーの伝説」「ブルース・リーの空手大特集」?ポスターなどがプレゼントされた。
ロードショー掲載記事
英語版ビデオ:The Chinese Godfather
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米国で1978年にMEDIAというメーカーから発売されたビデオ。巻末に「ありし日のブルース・リー」がTVサイズで完全収録されている。本編はチャ−リー・チャン(陳惠敏)とベティ・ティンペイ(丁珮)主演の映画で日本未公開。 |
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| オープニング | 九龍殯儀館 | ティン・ペイ登場! |
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| 「大天二」撮影現場 | リーとの思い出を語るティン・ペイ | やってません! |
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| 個人的にはいい女だと思うが... | ベットルームにはリーの写真が! | ティン・ペイ表紙の雑誌 |
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| ティン・ペイのマンション? | リビング・ルーム | ティン・ペイのマンションかは不明 |
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| 女性の部屋にしては殺風景だ | 葬儀を伝える新聞記事 | 葬儀場を囲むファン |
独語版ビデオ:BRUCE LEE ZWEI FAUSTE WIE EIN ORKAN
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| 初期版パッケージ | パッケージ裏面 | 再販パッケージ | 8o |
| ドイツで80年代初頭にUFAから発売されたビデオ。作品的には上記の「The Chinese Godfather」のドイツ語版である。「ありし日のブルース・リー」は冒頭に収録されていて、なんとこちらはビスタサイズで英語版よりもかなりの高画質だ。心なしかティンペイもかなりイケてるように見える。残念なことに独自の編集がなされていて、8分弱に短縮されてしまっている。ドイツ語吹き替えでBGMも差し替えられている。 | |||
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| 「大天二」記者会見の一コマ | いい女だよね | よそ見をするチャーリー |
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| ユニコーンとツーショット | 麒麟掌記者会見 | ドラ道ヘアーのリー |
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| 笑顔を振りまくリー | 金帝 | レイモンド・チョーも |
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| 共演の女優と | 電話してる...訳ないよね | ジョン・ベン |
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| 4人で記念撮影 | 蜜月の時 | エンディング |
※余談だが同作品には様々な有名人に混じって、あの「リンリン・ランラン」の姿が確認される。
映像関連情報
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麒麟掌製作発表記者会見の模様は、これまでにも多くのドキュメンタリーなどに断片収録されてきたが、作品本編が過去にビデオ発売されていたという事実はほとんど知られてなかったのではないだろうか? 現在発売中のソフトでこの映像を最も長く収録しているものは、フランス版DVD(VHS)「ドラゴンへの道」に特典映像として収録されている短編ドキュメンタリー、「La Legende du Petit Dragon」だと思われる。英国版DVD「TOP FIGHTER」の特典映像にも比較的長く収録されている。 |
| 「ドラゴンへの道」仏版DVD | |
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| 「TOP Fignter」英国版DVD |
Chinese Godfather Gallery
カンフー映画マニアの間で「幻」と言われた「大天二」の資料を一挙大公開!
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| 英語版ポスター | 仏版ポスター |
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| ロビーカード | 貴重!ティン・ペイのブロマイド |
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| 英名:Michael Chan Wai Man | Betty Ting Pey | 鄭雷 |
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| 金帝 | ウェイピン | 必殺のボディー・ブロー |
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| 疑念 | 驚愕 | 母親役のティン・ペイ |
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| ボスとの闘い | 息詰まる死闘! | 壮絶のラスト・シーン! |
※「ドラゴン大全科」で日野康一に「不滅の闘士」として紹介された同作品。カンフー映画マニアの間では「大天二」の題名しか解らず「幻」と言われた作品だ。カンフー映画ファンの為に今回あえて資料を添えて詳細情報を公開する。
資料:丁珮来日インタビュー記事
ベティ・ティンペイ。本名:唐美麗。
1947年2月19日北京生まれ。1949年に台湾へ移住。父親は東大、母親は明大出身の親日一家。台北のアメリカンスクール、国立芸術専科学校映画科で学んだ後、香港のショウ・ブラザースの専属女優となり、1968年に『百万長者と結婚する方法』でデビュー。身長162センチ、体重44.5キロ、スリーサイズはB86、W66、H87(当時)1974年10月31日、「暗黒街のドラゴン!電撃ストーナー」のキャンペーンのため来日。
*ティンペイは来日中に多くのマスコミから取材を受けますが、映画の事はそっちのけでブルース・リーとの関係ばかりを聞かれ、あまり機嫌が良くなかったらしいです。そのインタビューの一部をここに紹介します。(記者の妄想が入ってたりしたので少し修正してます)
雑誌記者とのQ&A
Q:ブルース・リーはあなたの恋人だったですか?
A:確かに非常に親しかった事だけは事実でしたわ。
Q:それは友人という意味か?それとも?
A:それはプライベートな事なので答えたくありません。
Q:あなたは、女として彼を愛していましたか?
A:女ならリーみたいな素敵な人に会ったら、誰でも好きになるでしょう。事実リーは、たくさんの女性に好かれる人でした。
Q:一般論でなくて、問題はあなた自身はどうかという事です。
A:(言葉を選ぶように)知り合う前も尊敬していたけど、知り合ってますます尊敬するようになりました。人生観も変わりました。それまでは小説ばかり読んでいましたが、彼と知り合ってからは、自分のためになる本を読み始めました。
Q:あなたはリーの愛人だったという噂がありますが、この噂を否定しますか?
A:(ややたじろいで)噂されても仕方ないですね。リーは男で私は女。それに非常に親しかったし…
Q:リーがあなたのアパートで死んだというのは事実ですか?
A:はい、そうです。でも正確には病院で亡くなりました。
Q:あなたの寝室の、ベットの中、と聞いていますが…
A:(イライラした感じで)そうです。でも誤解されると困るから、事実を説明させて下さい。その日の午後3時頃、リーは私の家に来ました。私も出演するはずであった「死亡遊戯」の台本について打ち合わせをするためです。打ち合わせの後、リーは「疲れた。頭が痛い。7時半にジョージ・レーゼンビーと会う約束になっているから、それまで少し休ませてくれ」と言いました。今までそんな事はなかったので、心配した私はリーをベッドで休ませました。そしてレーゼンビーとの約束の時間が近づいたので、起こしに行ったのですが、彼は全然目を覚まさないの。ビックリした私はすぐにリーの主治医に電話したのですが、話し中で通じませんでした。それで、私の主治医を呼んで、救急車で病院へ連れて行ったの。でも…。まさか死ぬとは思ってもいませんでした…
Q:その時、ずっとリーと二人っきりだったのが、あやしいですね。
A:とんでもないわ。レイモンド・チョウが打ち合わせの時から最後までずっと一緒でした。香港では俳優の家で、製作者や共演者が集まって打ち合わせするのはごく普通のことなんです。
Q:要するに他に人がいたし、その日はリーとプライベートではなく、あくまでも打ち合わせのための会合であったという事ですね。ところで今は恋人は?
A:恋人?今はいません。もちろん男の人とデートすることはあるけど、結婚の対象になる男性にはまだ会えません。
Q:恋人がいないとはもったいないですね。
A:香港でも最近、セックスはオープンになってきたけど、日本ほどじゃないわ。やたら誰彼の区別なくセックスするなんて賛成出来ない
Q:婚前交渉について?
A:私は慎重派です。でも好き同士だったらいいんじゃないかしら。香港では、セックスの質問なんてされたことないわ。体のサイズだって、本当は正確に計ったことないんです。誰かが、見た感じで決めたのでしょう。ただ体重だけは、いつも計ってるわ。映画では太って見えるので、気にしているの。
Q:日本について。
A:両親が秘密の話をする時は日本語でした。私はあいさつ程度の日本語しか、話せませんが。でも私は日本に来るのは初めてじゃないの。もう何回も来てるわ。日本の男性からお茶を飲みに行こうと誘われた事もあります。
Q:ナンパされた時はどんな対応を?
A:答えはいつもノー。初めての人では怖いし、知り合い以外の人とは、私は一緒にお茶を飲みません。
別の記者によるQ&A
Q:彼といつどこで会いましたか?
A:あるパーティの席上で彼を紹介されたのです。そうしたら、今まで私が抱いていた映画で見た彼の印象とは全然違うのに驚いてしまいました。何というか、私の知っていた彼は映画の中の虚像であって、素顔の彼の話を聞いている内に私は完全にマイッタと思いました。会ったのは72年で私が24歳の時でした。
Q:彼のどういうところに魅かれたのかもう少し具体的に話していただけませんか?
A:俳優としては天才的な才能の建設的な抱負を持っていたし、学問への研究心も旺盛な人でした。それに人気スターにありがちな人を見下す態度もない。その一つ一つに惹かれてしまったのです。生意気だとか、傲慢だとかいう人もいたけど、おべっかを使わない、率直な性格が誤解されたのだと思います。仕事熱心でスタッフには親切でした。外での付き合いは好まなかったようでしたね。家に閉じこもって勉強するタイプのスターでした。
Q:彼の誠実さに惹かれたとも言えますね
A:そう、こちらが誠を持って行動すれば必ず誠で応えてくれる人でした。私にとっては、今までに会った事のないタイプの男性で、初めて尊敬出来る人に巡り会えたという喜びでいっぱいでした。
Q:金銭的にも淡泊だったとか?
A:そうですね。当時、人気スターになっていた彼の所に100万ドルでもいいからという映画の出演交渉もきていたほどですから、契約さえすれば、どんどんお金が入ったはずです。でも、彼はそれをしなかったんです。
Q:仕事を選んだという事ですか?
A:それもありますが、自分の映画生命を非常に大切にした人と言った方がいいでしょう。1本、1本の映画を選んだのも、自分の映画への抱負を実現するために懸命だったのです。中国映画界と言っても世界の映画界から見れば微々たる存在でしょう。しかし、彼は中国映画界のために一肌脱がなくてはという抱負を、常に胸に秘めていた熱血児だったのです。彼はそれを果たして死んだのです。
Q:彼があなたと意気投合した原因は何だと思いますか?
A:私たちは初対面でウマが合ったというのか、すっかり仲の良いお友達になりました。私が彼の名声を利用して有名になりたいという気持ちのないことを知ったからでしょうね。私には冗談も言うし、何でもお喋りする本当にいい友達でした。もう、ああいうスターは二度と出てこないでしょうね。
Q:それで、ゴシップを書かれたのですね。
A:ずいぶん仲良くしてましたからね。そりゃ男と女ですもの、一緒にいただけでも狭い芸能界なら噂になるのは当然でしょう。
Q:彼と映画で共演した事は?
A:それがないんです。「燃えよドラゴン」の時は、出演予定があったのですが、私の病気でダメになり、「死亡遊戯」も制作中に彼が死んだ事で出演出来ずじまいでした。今、考えても残念でたまりません。
Q:尊敬するブルース・リーが死亡した時のショックは大きかったでしょうね?
A:生まれて初めての経験でした。人間は必ず死ぬ、という事が分かっていても、私は今までに直面した事がなかったので、卒倒しそうな程のショックを受けました。でも、未だに彼の死を信じられないのです。どこかに生きているような気がして…。彼を尊敬し、いい感情を抱いていたからかもしれませんが…。私の心の中にはまだ生きているのです。
CRYSTAL LAKE
補足:香港映画と黒社会
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| チャーリー・チャン逮捕!右の日本人は? | ノーコメント・・・ | |
「アントニオ猪木に挑戦して逃げた」「ジミーさんの弟分」「逮捕されフォーカスに掲載された」...とあまり強面のするイメージではないが、日本でキック・ボクシングの試合もこなしているチャーリーは正真正銘、香港マフィア14Kの幹部だ。日本の某組織と交流のあるチャーリーの背中には、日本で10日間かけて彫った龍の入れ墨がある。
「マフィアでも頭のいい奴は映画をやる」とチャーリーは言う。香港映画のマーケットは広い。どこにでも中国人はいて香港映画を見たがる。ティン・ペイと駆け落ちした事で有名な「向華強」(子連れドラゴン女人拳)は香港三合会の組織「新義安」の初代組長・向前の息子であり映画会社「三和」のオーナーである。
ジャッキー失踪事件、ジェット・リーのマネージャー暗殺事件、アンディー・ラウ監禁など香港映画界と黒社会とのトラブルにはきりがない。
「マフィアでも頭のいい奴は映画をやる」...当時爆発的な人気を誇っていたブルース・リーに目を付けた「星海影業」もまた台湾黒社会系列の映画会社である。台湾といえば当時香港で様々なトラブルを巻き起こし、殺人事件にまで発展した王羽が香港映画界から活躍の場を移した場所だ。ブルース・リーが彗星のように現れるまで香港映画界でスターだった王羽は、都落ちした台湾でリーの活躍をどのような思いで見ていたのだろうか?。
チャーリーの代わりに「麒麟掌」に出演した倉田保昭は、その直後台湾に渡り王羽主演の「英雄本色」に出演している。チャーリーは王羽の舎弟としても有名だ。香港映画界で活躍するチャーリーと台湾に逃れた王羽と黒社会系列の「星海影業」...この三つの点を結びつけることはいささか強引かもしれない。
しかし、星海影業は「麒麟掌」「大天二」「ありし日〜」とブルース・リー絡みの3作品を撮ったのみで、リーの死後まるで「なんらかの」役目を終えたかのように活動を停止している。
役者としてはなんの華もないユニコーンを主演に映画を撮影する事自体不自然な事である。ユニコーンはリーを引き出す為の単なる”ダシ”に使われたのではないだろうか?チャーリー(獨覇拳王にキャスティング)は台湾黒社会との橋渡し役といったところか。(その見返りとして「大天二」では主演している)。更に言えばブルース・リーが同作品の撮影直後に急死したことは、リーの死に関わってくるティン・ペイがこの作品に出演しているだけになんとも不吉だ。
香港映画と黒社会の関わりは忌むべき事だが、こうして現在ビデオでリーの貴重な映像を見られる事を考えると、正直なんとも複雑な気持ちになる...。
Route246