#3 CURSE OF THE GAME OF DEATH
 


photoその第2回香港ツアーでの『死亡遊戯』上映の時に驚くべきビックニュースが発表された。それは、メディアアジアからライセンス化した「死亡遊戯」の製作権を買い取った日本とアメリカで、それぞれ別の『死亡遊戯完全版』を製作する事が決定したという事だったのだ。長い間、待ちに待ったこのニュースにファンの期待は頂点に達した。この未発表映像と併せて、CGなどの現代の映像技術や音響設備を使えば『燃えよドラゴン』を超える傑作が出来るかもしれないと思った。それで第1次を超えるブームを巻き起こして欲しいと願った。日本の製作会社やスタッフにあまり実績がないのが気にならないではなかったが、ツアーに参加し幸運にも未公開フィルムを見る事が出来た俺は、どう転んでも素晴らしい作品になるに違いないと信じて疑わなかった
その第2回香港ツアーでの『死亡遊戯』上映の時に驚くべきビックニュースが発表された。それは、メディアアジアからライセンス化した『死亡遊戯』の製作権を買い取った日本とアメリカで、それぞれ別の『死亡遊戯完全版』を製作する事が決定したという事だったのだ。長い間、待ちに待ったこのニュースにファンの期待は頂点に達した。この未発表映像と併せて、CGなどの現代の映像技術や音響設備を使えば「燃えよドラゴン」を超える傑作が出来るかもしれないと思った。それで第1次を超えるブームを巻き起こして欲しいと願った。日本の製作会社やスタッフにあまり実績がないのが気にならないではなかったが、ツアーに参加し幸運にも未公開フィルムを見る事が出来た俺は、どう転んでも素晴らしい作品になるに違いないと信じて疑わなかった

しかし、その考えが甘かった事をあの日思い知らされる事になってしまう…忘れもしないあの日とは2000年11月25日、新宿シアターアプルで開催された『BRUCE LEE in G.O.D死亡的遊戯』プレミア上映の日の事である。この作品の感想を一言で言うなら「はらわたが煮えくり返る」…である。G.O.Dのダメな点を並べるだけでこのコラム全体の倍は書けるだろう。リーが残してくれた映像が素晴らしいphotoだけに余計にムカツク思いがした。これがソックリさん映画であるなら、まだ笑ってすます事も出来るだろう。しかし、これは信じられない事に本物の「死亡遊戯」の映像を使った作品であった。世界一有名な東洋人と呼ばれ、20世紀の偉人100人にも間違いなく選ばれるであろうほどのスーパースター:ブルース・リーの映像を使って、どうしてあんなヘボイ作品しか作る事が出来ないのかが不思議でならない。「伝説の映像が世に出ただけで感謝しないといけない」という方もいるだろう、俺もその気持ちがない訳ではない。しかしあれは酷すぎる。スタッフに実務経験者はいたのか?と勘ぐりたくなるほどの酷い出来であった。あれなら大学の映研部員に任せた方がよかっただろう。何もそこまで言わなくても、と思われるかもしれないが、誰よりも一番激怒しているのは自分の遺作をあんな安っぽく酷い形で世に出された映画人ブルース・リーではないだろうか。しかも日本人の手によって…。そう考えるとファンとしてはやりきれない思いでいっぱいになってしまう。あれなら伝説のままにしておいた方がよかった。映画としての完成度は『78年版死亡遊戯』の足下にも及ばないばかりか、『死亡の塔』の方が遙かにマシであった
・ G.O.Dに関しては「ここがダメだよ、G.O.D(仮題)」という1コーナーを設けますので、G.O.Dについて「俺にも一言言わせろ!」という方は、管理人へのメールや掲示版への書き込みをヨロシクお願い致します。
でも、この時点ではまだ一縷の希望があった。もう一つの『死亡遊戯完全版』であるアメリカの『Warriors's Jarney』があったからだ。製作はブルース・リー研究家のジョン・リトルなのが少し不安(「燃えドラ」で似てないモノマネを披露した前科アリ)であったが、ワーナーが絡んでいるという事であったので、少なくともG.O.Dよりはまともな出来であるだろうと思った。photoやがてサンプルビデオを見る機会に恵まれた。しかし…前半のドキュメンタリーはしっかりした作りでよかったものの、肝心の『死亡遊戯』のシーンは『G.O.D』より編集はマシであったが、画質があまり良くなく、怪鳥音の入れ方もいい加減、更に台詞の吹き替えは最低の出来であった。またこれは好きずきであるが、OKシーンの選択もあまり良くなかったように思う。結果、WJは『G.O.D』よりは大分マシではあったが、決して満足のいくレベルの作品ではなかった。しかし、この時に見たのはあくまでもサンプルであり、実際に商品化された時には、これらの悪い点が改良されるはずであった。しかし、またもや『死亡遊戯』の因果とも言うべき不幸な出来事が起こってしまう。製作者であるジョン・リトルがブルース・リーエステートを脱退(破門?)したのである。そのお陰で『WJ』の権利関係が複雑になり、作品に手を付け改良する事が出来なくなってしまったのだ。よって発売日も変更につぐ変更、ようやく手にする事が出来た正規版は、サンプルビデオと何等変わりはないものであった…涙
この日米2本の『死亡遊戯』がブルース・リーの総決算となるはずだったのに…非常に後味の悪い幕切れとなった。2本ものブルース・リーの新作を見る事が出来たというのにファンの盛り上がりがイマイチだったのが、それを如実に物語っていると思う。
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そして今年2002年となり、気が付けばリーが『死亡遊戯』製作に着手してから30年もの月日が流れていた。その間に西本正さんや陳元、ラム・チェンイン等の何人かの関係者の方も鬼籍に入ってしまった。またベイ・ローガンもメディアアジアを去っていき、フィルムの発掘作業をする人間もいなくなってしまった。しかしリーのオリジナル原案に一番近く、スタッフも充実していた『75年版死亡遊戯』や「野原のシーン」は、まだハーベストのフィルムアーカイブで眠っている事は確かであるので、いつの日かそれが表に出てくる事もあるだろう。願わくば、もう一度サモ・ハンを始めとする香港映画界の人間に『死亡遊戯』を作って欲しいものである。(続く…かも?)
 
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